制振ダンパーの問題点

 以前から戸建て住宅向けの制振ダンパーが各メーカーから販売されており、中に必須というメーカーさんもいます。
 しかし、これらはどれも「地震の揺れを少なくしますよ」というイメージ先行で、実際の建物にダンパーを設置した場合どれほどの効果があるかという科学的に根拠のある性能は不明で検討方法すら無かったのが実状でした。制振ダンパーのあるフレームを揺らしてないものとの違いを見せて効果を宣伝するものもありますが、構造設計者からみると正直実際の建物と条件が違いすぎているなと感じる次第です。結果、構造設計-許容応力度計算の費用を惜しんだ耐震性能の怪しい住宅(木造2階建て住宅は構造計算されていない!? を参照)に構造設計料の数倍のコストをかけて制振ダンパーを入れて「耐震性能が高いですよ(技術的根拠無し)」という住宅まで販売されている例すらあり、常々問題と考えていました。
 また、ひとくちに制振ダンパーと言っても、商品により建物の揺れを抑制させる性能=減衰性能に大きく差があります。客観的・定量的にその性能を評価する方法が無いと、高い減衰性能を持った制振ダンパーと見せかけで性能の低い制振ダンパーが同列で市場で評価されてしまい、良い仕事をしている企業が評価されないという不健全な状態が続いていたといえます。

 

設計マニュアルの登場

 そんななか2024年7月に住宅制振設計マニュアルが発行されました。まだ概略を押さえたところで、詳細な読み込みはこれからですが、これからの制振ダンパーはどう評価し設計するのかという指針と計算方法が明示されたのは非常に意義深いと考え、速報的なレビューをしたいと思います。

制振ダンパーは3つにカテゴリー分け

 住宅制振設計マニュアルではダンパーを性能別に区分1~3の3つに分け区分3が最も性能の高いダンパーとして定義しています。各区分の定義を簡単に解説すると
区分3:2階建木造住宅にX,Y方向それぞれ2~3基、合計6基以内で減衰性能が得られる制振ダンパー
区分2:2階建木造住宅にX,Y方向それぞれ6基以内、合計12基以内で減衰性能が得られる制振ダンパー
区分1:減衰性能が低く、筋かいなどの耐力壁と比して優位性を持たないとされる制振ダンパー
 この区分わけは一般消費者に制振ダンパーのグレードをわかりやすく定義するとともに、最低ランクの区分1はダンパーとしての効果は期待できないと断ずる厳しい内容で、業界の健全化したい強い意志を感じます。実際に一部の制振ダンパーは実験の復元力特性のグラフを見ると、構造要素として力がなさ過ぎるものや、筋かいや取付ビスの特性が支配的で制振ダンパーとして機能していないものもあります。制振ダンパーは意味が無い/いらない論も効果の怪しい商品が客観的な評価基準が無かったのをよいことに堂々と販売されていたのも一因でしょう。

制振ダンパーは構造設計上どう評価する?

 では住宅制振設計マニュアルでは制振ダンパーの効果をどう評価するのか解説します。
 先ずは建築基準法で求めている耐震性能は、中地震と大地震時についてそれぞれ決められています。建物が建っている間に数度経験する中地震(震度5弱程度)に対して変形角1/150~1/120rad(階高3mのとき2~2.5cm)の変形に押さえ建物が損傷しない事が求められています。さらに建物が一度経験しうる大地震(震度6強~阪神淡路大震災クラスの震度7)に対しては大きく変形しながらも中に居る人名を守るため倒壊は避けるとしています。大地震時に倒壊しない基準として変形角1/30~1/15rad(同10~20cm)とされています。1/30radという変形は建物が大きく損傷し建て替えが必要となるか修復できても膨大な費用が発生してしまうという問題が生じます。

余談:
 地震力を1.5倍して構造設計する耐震等級3で設計された住宅を阪神淡路大震災の地震波を揺らした実験では、建築基準法上の変形より小さく杏里損傷は仕上げ材程度に収まる結果が出ています。
※写真は2008年度日本建築学会東海支部構造委員会講習会資料「新しい制振・免震技術」P.53より抜粋


 一方、住宅制振設計マニュアルでは制振ダンパーの目標性能として大地震時の変形を1/75rad(4cm)に抑えるとしています。構造設計上耐えられるとする耐力は同じですが、同じ地震を受けてもより小さい変形角で納まる=建物損傷を少なくして補修して大地震後も継続使用できる様にすることで高い財産保持性を確保することを目標としています(同書P.77 「4.4本マニュアルにおける性能設計の考え方」より)。また、大地震時における建物の変形と損傷を抑えれば熊本地震の様な本震と同クラスの余震が来ても倒壊を防げるという効果も期待できます。これははコストをかけて制振ダンパーを導入するのであればこれくらいの性能は最低限クリアすべきというマニュアル作成者の意図が含まれていると思われます。

設計方法は3つ

 住宅制振設計マニュアルでは制振ダンパーの設計をするための構造計算方法は以下の三つが提案されています(括弧内は筆者による略称)。
・時刻歴応答解析による制振設計法(振動解析)
・等価線形理論による応答指定型の制振設計法(等価線形法)
・制振壁の許容耐力に基づく簡易制振設計法(簡易法)
 振動解析は文字通り実際に建物に地震波をかけて解析する構造計算方法でダイレクトに制振ダンパーの性能を割り出せるという利点がある一方、手間がかかるほか入力するパラメータが適切であるかの検証が難しいため一般の構造設計でも振動解析は個別評定にて有識者による精査が必要ではるほど高度な判断が求められます。次の等価線形法は簡易的なスペクトル解析にて建物に入ってくる地震エネルギーに対して最大変形を目標の1/75radに抑制するのに必要なダンパーの個数を割り出す構造計算方法です。実用性と設計の自由度的にはこれが一番バランスが取れていると思われます。最後の簡易法は許容応力度計算計算を行わない所謂4号特例の建物にも適用出来る様にさらに簡易化した計算方法です。簡便である一方この設計方法は2階建までに限定されます。
 また、制振ダンパー事態の性能が良くてもそれを適切に設計して配置しないと所謂「効かない制振」となってしまうので注意が必要です。制振ダンパーを考え無しにポン付けするだけでは性能が出ないどころか最悪ダンパーが悪さをして柱梁の構造躯体を壊してしまう事もあります。

感想

 これから細部の注意事項や個々の設計法について精査してゆきますが、マニュアル内の設計例を見ると耐震設計で耐震等級3とした建物に制振ダンパーを付加したものが紹介されています。マニュアルの編者は耐震等級1(建築基準法ギリギリ)の建物に制振ダンパーをポン付けした建物では無く、先ず耐震等級3で十分な耐震性能のある住宅を設計して、さらにダンパーを追加することで地震のさいの変形を抑制して居住者の財産を守る建物を標準とすべきという意図が読めます。
 株式会社i-木構では性能が明確でないどころか簡易的な推測も出来ない一方で耐震設計する上で重要な場所の耐力壁のスペースを占領するため、制振ダンパーの採用は推奨していませんでした。しかし、住宅制振設計マニュアルの発行によって制振ダンパーによって得られるメリットと設計方法が明確化され、本当に効果のある制振ダンパーの選定と数値に基づいた評価が出来る様になったため、今後推奨する制振ダンパーの使い方等を発信してゆきたいと考えています。現状では区分3か筋かいや合板耐力壁を邪魔しない区分2の制振ダンパーをお勧めするといったところでしょうか?